tuduramachiの日記

日々の生活の中からITの問題解決を探る

主人と奴隷

かつて奴隷が存在した時代、奴隷もしくは召使たちはひたすら主人に仕えた。

日本においても殿様の家族に侍の家族は奴隷のように仕えた。奴隷もしくは召使というものは自分の意志ではなく主人の意志を尊重し、主人の望むようにするのが仕事であった。主人が腹が減ったと言えば食事をもってきて給仕し、クソがしたいと言えば便所を持ってくるし、寝たいと言えば床を延べてくれる。

そのように仕えるものは主人に忠実に怠けることなくいつでものぞまれるときに要望に応えるのがよき家来、召使であった。それには迅速俊敏に、泣き言口答えなどはせずに、病気もせずに、安い賃金で働くのがよい召使である。給仕のことを英語でserverという。仕える者ということである。仕える者は使える者でもあった。つまり能力が低く役に立たないものは即刻首になったのである。

奴隷が生き延びる道はただ一つ、主人のいうことには逆らわず、主人の望むところを行う事である。しかも短い時間内に経費を極力少なく目的を達してくれる、つまり仕事をしてくれるなら、それは理想の給仕、つまりサーバーである。

それは殿様から見た場合がそうなのであって、サーバー本人はどうなのであろう。自分が人のために役立つ価値のある存在であることに限りない喜びを感じていることであろう。

そしてそのような役に立つserver に対し主人は褒美を惜しまないであろうし、大切に扱ってくれるであろう。